仲間とともにはじめた会社から身を退いて無職になり、H氏は数カ月間、どんな仕事をするのか、何をやるべきか、いろいろ考えたという。
そんな矢先、不動産業界に入った友人から、「やらないか?」と声をかけられたのだ。
「ちょうどそのころ読んでいた本に、『衣食住のなかで世の中の経済は大きく回る』というフレーズがありました。
衣食住に直接的に関係するジャンルで、規定のモノをつくる生産業ではない創造的な仕事。
しかも、お金を大きく動かせる商売は何か。
このように考えると、当時は証券業界と不動産業界が浮かびました。
しかし、証券は将来、独立するには相当むずかしいと感じ、不動産を勉強しようと決めました。
そんなときにタイミングよく、友人から声をかけられ、給料をもらって勉強させてもらう気持ちで、戸建販売仲介の営業をはじめたのですが、なかなかうまくいきませんでしたね。
いままでのセールスの経験では、すぐに結果を出すことができたのですが、不動産はそうはいきません。
実際、私が入社した会社では、五〇人が入社しても数年後には一~二人しか残れないという厳しい世界でした」そんななか、ある顧客の担当になり、購入に意欲的で、初の契約がようやく取れたと思ったのもつかの間、その顧客がローンを組めないという意外な落とし穴にはまってしまった。
その後、はじめての契約に結びついた物件は、忙しくて現地に案内できないという先輩の代行でH氏が担当した顧客だった。
先輩から「この戸建ては素晴らしいから、たぶん気に入るよ」と、平面図を渡され、顧客を車で案内した。
ところが、その住所に顧客と訪ねてみると、何も建っていない、ただの更地だった。
これは先輩にやられたと思ったH氏だったが、顧客には完成した戸建てのパースを見せながら「情報が錯綜してスイマセン。
これからこのパースのような住宅を建てます」と熱っぽく語った。
さらに、もう一つの物件を見てもらい、興味を示してくれた顧客を事務所に案内した。
すると、この顧客は「家が建っていない更地を見せられ、はじめは頭にきたけど、この若い営業担当者が熱心にすすめるので、買うことにしたよ」と、三億円もの土地を購入してくれた。
これが、H氏の契約第一号となった。
「不動産の営業をはじめてから、一カ月目でようやく契約が取れました。
私としては、ずいぶんかかったと思いましたが、ふつうはもっとかかると聞かされました。
そして、契約から決済までのプロセスを、先輩から手取り足取り教えてもらい、それからこの仕事が俄然、おもしろくなりました。
覚えること、勉強することはたくさんありましたね」その後も毎月一~二件以上の契約をコンスタントに積み重ね、一年後、ついに約二五〇人の社員のなかでトップ営業マンの座を射止めた。
ここで、不動産業界で突き進む気持ちが固まったという。
バブル景気が高まるなか、歩合給の割合が高かったため、H氏の給与額は急上昇した。
そして、二年目からは役職にも就き、経営感覚を磨いていった。
「それまでのセールスは、すでにできているモノを販売する作業でしたが、不動産はお客さまとともに住宅をつくっていく仕事です。
お客さまが何を求めているのか、どのような要望をお持ちなのかをお聞きすることからはじまり、いろいろな展開を考えながら営業するおもしろさは不動産業ならではでしょうね。
客観的にすぐれた物件だからといって、営業マンが独走してはいけない。
お客さまの好みに合わせていくのが楽しかったですね」最適な物件を探している顧客から要望を聞き出しながらイメージを具体化しつつ、これから展開する営業の流れをシミュレーションする。
当時、H氏は、お客に物件を案内するとき、黙って最短距離を通るのではなく、自分なりのルートを決め、遠回りしてでも環境のいいところを通っていくスタイルを取っていた。
「お客さまのなかには、『なんでこっちに行くんだ?』と怒る人もいましたが、『ここのお店を見せたくて』という理由まで考えていました。
下準備のために、ほかの人よりも時聞を費やすのですが、そのほうが、私にとっては楽しかったですね」こうして自分なりの営業スタイルを組み立てたH氏は、顧客の満足度アップに貢献する営業をしだいに確立していった。
しかし、もともと独立志向の強いH氏は、近い将来の起業を見据えて、まったく知人がいない会社への転職を決意する。
もしも知人に紹介された会社に入社すると、自由に辞められなくなるおそれがあるため、あえて未知の会社を選んだのだ。
入社前から、「しがらみができてはいけない」「いつでも独立できる会社を選ぶ」、それがH氏の信条である。
そうして入社した会社でも、H氏はメキメキと頭角を現し、入社の二年後には次長という役職に就いた。
そんなあるとき、それまで勤務していた世田谷支店から、中央線沿線の城西エリアに移ってほしいと会社から打診された。
しかし、世田谷などの城南エリアで不動産営業を続けたいという強い希望があったH氏は、会社からの辞令を固辞する。
「辞令を固辞した理由は、城南エリアこそ東京で最高の住宅地だからです。
それに、このエリアにはすでに土地勘があったし、お客さまは各分野で活躍されている方が多く、城南エリアを離れたくありませんでした。
とにかく、バブル期には一億円以下の物件は少なく、大きな金額が動くこのエリアは魅力でした」この時点で、すでに城南エリアへの思い入れ、熱い気持ちがH氏にはあった。
それと同時に、このエリアの土地を求める顧客が多いにもかかわらず、実際には購入できないケースが非常に多いという事実にも気づいていた。
そのため、購入したいという顧客の要望を、なんとか実現させるようなシステムがないものかと模索していたという。
そして、前述のビジネスモデルの原点となる、一つの土地を二人の顧客に分売した経験から、多くの顧客データを収集できれば、売地情報とマッチングできるはずという構想を胸に抱くようになる。
また、H氏にはこのエリアで住宅を購入した顧客の話を聞く機会を失いたくないという思いもあった。
なぜなら、さまざまな業界で活躍する方々から聞かされる、ふだんでは聞くことのできないような興味深い話がH氏を刺激しつづけていたからである。
「特に、城南エリアには各業界の成功者、社長、有名人が数多く住んでいます。
そうした方々が集まってくる住宅街なのです。
社長さんのなかには自己顕示欲や独占欲が強いタイプと、世の中のためになること、社会貢献できる事業をしようというタイプがいますね。
それに、いまは社長でなくても、起業家をめざしているお客さまもたくさんいて、それぞれの業界の問題点などを聞くうちに、私も感化されました」H氏自身、経営者は我の強い独裁者のほうが適していると思っていた。
ところが、こうした人たちとの会話を契機に、世の中のためになる事業を拡大することこそが経営者の役割だと考えるようになっていった。
そして、このエリアに住めるような成功者になろうという思いがしだいに強くなっていったという。
「違う表現をすれば、周囲をグイグイと引っ張っていく経営者か、周囲に助けられ押し上げられていく経営者のどちらかということですね。
私は後者を選びたいと思っていますが、本当のところはどうなのか、いまだに答えは出ていない状態です。
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